んぽぽの会のこども達は『言葉の遅れを含む発達障害』を抱えています。
『言葉の遅れ・・・』といっても、実際は構音障害などの発声器官の直接的な障害は少なく、殆どの子が『自閉症圏障害(自閉症・広汎性発達障害・アスペルガー症候群など)』『ADHD(またはADD)』『LD』などの診断名がおりています。
このこども達は、一般にコミュニケーション障害を伴い、社会性を身につける力に乏しいといわれています。
私達は、こどもの障害を目の当たりにしたときから、懸命に子ども達の成長を後押ししてまいりました。
しかし、この『社会性を身につける力』というものを家庭内だけで育てていくことは、とても難しいことです。
私達はそれぞれが数年、そのことで悩み続けてまいりました。


ども達の将来の展望を考えたとき、社会に溶け込んで、地域に根ざして暮らしていきたいと、皆さんは自然に考えるのではないでしょうか。
私達も同じです。
親の手を離れていったとき、どんな形であれ、自分の力で人間関係を築いていってほしい。
地域の中で、人の中で暮らしていってほしい。
切実な親の願いです。
この願いをかなえるための第一歩は何でしょう。
私達は考えました。
『地域の方々に地域のこどもとして、一緒に子育てに参加していただきたい。』


かし、『一緒に子育て』とはどういうことでしょう。
誰かと共同で何かの事業を始める時、やはり同じ価値観で、同じ目線で物事にあたらなければなりません。
子育てもやはり同じ事でしょう。夫婦で子どもを育てるとき、こどもにまるで違うことを言ってはこどもが混乱してしまいます。
それと同じように、こどもと接している大人が(家庭、教育現場、療育現場、地域社会などが)、同じ指針で動くこと、同じ視線で分かり合えること、それこそが必要なことではないかと思います。


またでは最近、『バリアフリー』『インテグレーション』『インクルージョン』などの横文字が幅を利かせています。
障害者も健常者も一緒に仲良く暮らそうということだそうです。
障害児の抱える問題も、一つの個性として捉えようという考えも随分浸透してきたように思えます。
障害にこだわらず、その子の個性をそのまま受け止める。それはとても素敵なことですね。
でも、その個性を誤って判断しているのであれば、無意味です。
こども達の障害を含めた個性、正しい知識の無いまま、ただ、愛情をかけて接していさえすれば見えてくるものではないようです。
しかし、皆さんにそれを伝えるのは、思った以上に難しいことです。


なさんがたはどうでしょう。
たんぽぽの会のこども達を見ても、どうして接してよいのか分からず、悪い事をしていても障害児なのだからと見て見ぬ振りをしていたり、逆に必要以上に厳しく接していたりはしていませんか?
そんな時、どうか、私達やこども達のことばに耳を傾けてください。
そして、皆様のことばで語りかけてください。


あ、一緒にこども達を育てましょう。


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